先日行って来ました、久々の廃旅行。
1年半ぶりくらいです。

山の奥地。とっても天気が良かったです。

素敵な通学路。


木造のとても大きな校舎。
校庭は今でも地元の人の集いの場になっているようです。

廃校だし、廃墟より楽勝~♪なんて考えて久々のアタックに臨んだ私を
この急なコンクリ造りの階段が出迎えてくれた。
急というか、
殺人的に急。
おまけに踏みづらが小さすぎて足が踏ん張れない。・・・さらに枯葉も積もっちゃって信じられないくらいのぼりにくい。
「これ、転がって死んだ人いるんじゃないの?」と私は何度も言っていた。
夫は「俺たちがどれだけ甘い生き方してきたか思い知らされるね。親世代はだから強いんだなー。」
と言っていた。

夫は階段からのぼりましたが、私は遠回りして校舎横のスラローム状の道からのぼりました。


私の通っていた小学校は近年建て替えられて、
円柱の校舎だったり、コンクリうちっぱなしのデザイナーズ校舎みたいになっていた。
そうしてみると1世代でこんなにも変わるんだな・・・と実感する。


私が親世代の校舎に感じるように、今の子供たちは私たちが過ごした校舎にレトロを感じるだろうか。

校舎も世代交代していく。



さっそく出迎えてくれた人体模型。
ズズさんに「人体模型君元気だった?」と聞かれて「元気元気♪」と答えたけど、
よく考えたらどう見ても元気じゃないね・・・。

私は人体模型とかホルマリン漬けとか怖くてちょっと苦手。


そして私をもっとも驚かせたもの。。。それは
校舎内のう○こ地獄である。



どうやら動物たちのお家になっているみたいで、所々トイレになっちゃってる。

ただ、汚物は映らないように撮影しています。


ここからは2階。


久々の廃墟で感じた。
実際の廃墟はガチなもの。汚くて、危険。それが現実。

だけどその中には一筋の美しさがある。
それは何とも代替できないようなもの。

だからやっぱり廃墟に行きたくなる。

そんなことはありつつも、とても美しい廃校でした。


大きなそろばん。

久々すぎて汚く思えただけで、廃墟はもとよりこんな場所だったのかもしれないね。


昭和60年に閉校になったようです。


すごくいい雰囲気でしょう?




ここからまた1階です。

この白い場所は増築部分みたいです。
ほかの教室と毛色が違っていました。



紅葉が綺麗。

天気が良すぎて光が強く、外では撮影しずらかった。

綺麗でも汚くても
やっぱり廃墟は私の願いを叶えてくれる癒しのパワースポット。
あつらえたように廃墟にいる自分は自分らしいなと感じる。

だからやっぱり離れるなんてできないみたい。
またエネルギーをもらいに廃墟に行ってきます。
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今回は以前、幌内炭鉱関連をあげていたとき唯一あげなかった場所を今更ですがアップします^^;

立坑櫓。

青空に映えるねー。



以前はこの櫓に施設がくっついていたみたいなんですが、今では残ってるのは鉄骨のみで
こんなにすっきりしちゃってました。





炭鉱といえば事故。
幌内炭鉱でもガス爆発で24人が死亡する事故があったようです。

廃墟が見てきた栄光にはいつだって影がある。
炭鉱においては特にそう言える気がします。

今でもそびえ立つこの櫓は、炭鉱マンの墓標のようなものなのかもしれない。
先ほど今までアップしていた個人的な記事を一部非公開にしました。
深い意味はまったく無いです。
このブログは初めから、
書いている私自身がどういう人間なのかも読んでくださってる方に伝わるように書きたいなと思い、
自分のプライベートなことも包み隠さず書いてきました。
ただ、最近全体を読み返していたら、
以前書いたプロポーズの記事とか今読むとちょっと照れちゃうわーとか思ったので、それだけです^^;
なんとなくそれ以外の個人的な記事も一部非公開にしたのですが、
それも「なるべく廃墟のお話に絞って公開したほうがいいかなー」とか、ただなんとなくそう思ってしたことなので、
またなんとなく書いたり公開したりするかもしれませんし、しないかもしれません。
そんな気まぐれ廃墟ブログです。
ε=ε=(((((((( *・`ω・)っではまたっ
((((((((((っ・ωΣ[柱]ガコッ!